コラム
認知症と相続トラブル ~ その実情と弁護士が教える対処法【弁護士解説】
高齢化社会の到来とともに、認知症の患者も増え続けています。
その影響は相続にも及んでいるようです。
坪田弁護士によると、遺言の有効性をめぐる紛争を始め、さまざまなトラブルが起きているといいます。
今回は坪田弁護士に、認知症と相続トラブルについて伺いました。
事例
私は40歳の男性です。
先日、一人暮らしをしていた母が亡くなりました。
後片付けを手伝うために自宅を訪れると、大量の未開封の商品や、多額の借金の返済通知を見つけました。
しかも、近所に住んでいた妹いわく、妹に「全部財産を残す」という内容の遺言が見つかったようです。
母は晩年、判断力がだいぶ衰えており、私としては認知症だったのではないか、それにつけこんで妹が母の財産を使い込んでいたのではと疑っています。
遺言の有効性を争いつつ、遺産を取り戻したいです。
認知症をめぐる相続トラブルの実態
ー今回は認知症をめぐる相続のご相談について伺います。認知症をめぐる相続の相談は多いでしょうか。
やはり一定数はありますね。今もちょうど遺言の無効をめぐって裁判になっている事件がありますよ。
ー認知症が絡む相続トラブルですと、一番多いのは遺言の問題という感じなのでしょうか。
そうですね。
あとは親族による本人の財産の使い込み、これもよくあります。
特に同居していたりすると自分の生活費も本人のお金から出しちゃうということは結構あるんです。
遺言の問題や財産の使い込みがあった場合、当事者の話し合いでは解決できないケースも多々あります。
そうした場合は裁判が必要になるため、事件が長期化することも少なくありません。
さらに、相続人同士のトラブルだけではなく、認知症の本人が生前にした契約が問題になることもありますね。
変な商品を買ってしまって、それが亡くなった後にわかって問題になるようなケースです。
遺言の有効性と認知症の関係
ーまず遺言について伺います。被相続人が認知症の状態で作成された遺言は法的に有効といえるのでしょうか。
認知症と診断された後に作っているのであれば、「遺言を作れるだけの判断能力があるのか」という話になります。
認知症にも程度がありますから、一定の判断能力が残っているケースもあります。
認知症というだけでは、遺言を作る能力がないとまではいえないんです。
そのあたりの判断は難しく、遺言を無効といえるぐらい症状が重いのかどうかが問題になります。
ー長谷川式スケールというもので認知症の症状を測定できると聞いたことがあります。
長谷川式スケールの点数は一定の指標になりますね。
このスケールでは点数が20点以下だと認知症の問題があるとされます。
しかし、だからといって遺言がすぐに無効となるわけではありません。
その当時の具体的な症状、遺言を作った経緯、遺言の内容の複雑さに応じた判断能力があったかどうかといった複数の事情を考えて、最終的には有効か無効かという話になります。
特に長谷川式スケールで点数的に微妙なケースでは、他の要素も見る必要があるでしょう。
ーそのあたりをめぐって有効にしたい側と無効にしたい側との間でトラブルになりそうですね。
そうですね。
そうなるともう裁判しないと解決できないという話になってしまいます。
遺言が無効なのか有効なのかによって結論がまったく変わりますから。
ー公正証書遺言と自筆証書遺言で、遺言の有効・無効の判断が変わることはありますか。
公正証書遺言は公証人と証人の前で遺言を作成しますから、通常は無効にはなりにくいと思いますね。
無効となる頻度自体は自筆証書遺言の方が多いと思いますよ。
自筆証書遺言で内容が複雑なケースでは、ちゃんと本人に作れたのかという話になりますから。
ただ、遺言の内容が簡単だと「本人が自分で考えて作ったのでは?」という話になるかもしれません。
この辺りはいろいろな事情を考えて、遺言が有効なのか無効なのかを判断して行く必要があります。
ーこういった遺言に関する相談は遺言が見つかった時点ですぐにした方が良いのでしょうか。
問題がありそうなのであれば、早めに相談された方がいいですね。
遺言が執行されてしまうとそのまま相続が進んでしまう可能性もあります。
遺言が有効か無効かという問題は相続問題を考える上では出発点です。
遺言がある場合、遺言が優先されますから。
ー遺言が有効か無効かわからないということは相続の入り口でつまずいている状態ということなのですね。遺言の無効を争いたい場合はどうすればいいのでしょうか。
遺言を覆そうと思えば裁判が必要になります。
この裁判ではカルテなどの病院の資料、介護関係の書類といった資料を取り寄せて本人に判断能力があったかどうかを立証していかなければなりません。
ー病院で治療を受けていない場合はどうなるのでしょうか。
その場合、遺言が無効と主張するのは難しいかもしれませんね。
無効というためには「本人には作れないよね」と裁判所に認めてもらうための資料が必要です。
無効の立証は本当に難しいです。
私のところには「これは疑わしいと思うのですが、どうなのでしょうか」という相談も結構来ます。
しかし、ここにある遺言を覆そうと思うと非常に大変な話になってきます。
遺言の無効を確認するためには地方裁判所に裁判所を起こす必要がありますので、最終的な解決までに数年かかることも珍しくありません。
本人が元気なうちに生前対策を~考えられる法的手段とは
ー遺言を作らないまま親が認知症になってしまった場合、子供たちはどうすればよいのでしょうか。
そうですね。
軽度の認知症であれば、簡単な内容であれば遺言を作ることはできるかもしれません。
ただ、症状が少し重いと難しいでしょうね。
ー症状が重くなってしまうと、もう子どもとしては何もできない。放置するしかないということでしょうか。
そうならざるを得ないでしょうね。
だからこそ、まだまだ元気なうちにご本人さんにも一度考えてほしいですね。
誰に何を残すのか、しっかりとした遺言を作成することでトラブルを避けることができます。
ただ、「誰かに遺産を全部あげたい」といった内容に問題のある遺言が原因でもめることもありますからね。
本当は元気なうちに、内容的にも問題のない遺言を作ってもらうのが理想です。
ー症状が軽いうち、あるいはまだ元気な時にできる相続対策にはどんなものがありますか。
そうですね。
遺言以外ですと、生前贈与で財産を渡すという対策は考えられますね。
あとは家族信託。
もし頼りになる家族がいれば、その方に信託で財産を渡しておいて介護費や必要な費用を払ってもらうというような形にするケースもあります。
ただ、信託の場合、財産が受託者、つまり信託を任された人に移動します。
ですから兄弟仲が悪いと揉める可能性がありますよね。
ーなるほど、家族関係の問題が出てくるわけですか。
例えば兄弟が2人いて、1人だけ信託財産を渡されてという話になると、もう1人が不公平感を覚えるかもしれません。
家族間でもめているケースだと、家族信託は使いにくいですね。
さらに、家族信託には税金の問題もあります。
慎重にやらないと変に税金がかかることもあるので その辺りも含めて一度ご相談に来られるのがいいかもしれません。
もっとも信託も遺言もあくまでご本人がするものです。
周りがあれこれ勝手にやるという話ではないですので、できれば本人が元気なうちに相談に来ていただくのがベストだと思います。
認知症の本人が変な契約をしてしまった場合の対策は?
ーここまで相続人同士のトラブルについて伺ってきましたが、被相続人が問題を起こしたことがわかった場合、具体的には借金など変な契約をしていたことが死後に発覚した場合はどうでしょうか。相続人がその責任を負わなくてはいけないのでしょうか。
本人に成年後見人がついているのであれば、成年後見人が契約の取り消しをすることができます。
しかし、成年後見人がついていない場合、本人に判断能力があったかどうかという問題が出てくるんですよね。
判断能力がなかったことを立証するのは難しいんです。
契約が無効になる可能性はあるものの、実際に契約をなかったことにすることは簡単ではありません。
ーということは、相続人が責任から逃れるのは難しいのでしょうか。
そうですね。
トラブルが起こってしまうと対応は難しいと思います。
だからこそ、本人の認知能力が低下しているのであれば早く成年後見人をつけるといった予防策が重要になります。
認知の問題が発生している人に関しては、後見制度は非常に有用です。
弁護士からのアドバイス
認知症の場合は 色々な問題が出てきます。
家族の感情的な対立も出てくるケースもあるでしょう。
ただそれが裁判などの法的な手続きの中で主張できるかというと、それは別の話です。
この辺りの手続きをどう進めるかは専門的な知識が求められるところですので、早い段階で一度弁護士にご相談していただければと思います。
さらに、本人が元気なうちであれば、生前贈与や信託、遺言といった生前対策を行うことも可能です。
これらの生前対策は適切なスキームで行えば、相続トラブルの予防に役立ちます。
「老後が不安だ」「子どもたちに相続で争ってほしくない」という方もいらっしゃると思います。
認知症になった場合に備えて生前対策をしたい、という方も、ぜひ弁護士にご相談いただければ幸いです。